上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
消えゆくもの【02】 北区赤羽の木造2階建物件



2010年7月17日(土)。

消えゆくもの【01】 板橋区稲荷台の家屋』のエントリーでも書いたが、この日は気温が30度を余裕でオーバーする夏真っ盛りな陽気。関東の梅雨明け宣言もこの日、7月17日に出されたという暑い1日だった。

そんな天気に3po魂を刺激されまくっていた俺はこの日、日の出から日没まで一日中北区内を歩き回っていた。



そんな折・・・・・JR赤羽駅の近くでのこと。



JR赤羽駅から400メートルほどの地点に独特のオーラを発する魅力あふれる物件があるのだが、今回もそのイカした風貌を拝んでから赤羽駅から離れた方向に足を向けようとしていた。

その建物は終戦後に建造されたと思しき木造2階建て物件で、重ねられた年月によって人為的に作り出そうとしても絶対に出せない雰囲気を持っている建物だ。

新幹線の高架を左手に見ながら北方向へ道沿いに進んでいくと、マンションに囲まれた中に強烈な存在感を発しているその物件が見えてきた。(下画像中央やや右手にあるのが該当物件)



赤羽駅から北に進む



建物の前まで来て足を止め、カバンからペットボトルを取り出しゴクゴクと飲み物を飲み干して、落ち着いたところで改めて建物に目をやった。



これがその建物。圧倒的な存在感。



どうだこのツラ構え。やはりとても惹かれる!



2階上部と1階のドア部分に入るブルーのラインが青空と作り出すコントラスト。
いくつものストーリーが自然に妄想できてしまうその壁の経年劣化。
そこにはつらい事も悲しい事も、うれしい事もたのしい事も全てを内包したうえで許容してくれそうな深さがある。
商店の中にはスナックや居酒屋もあるのだが、これまでに何万人がここでくだを巻きへべれけになったのだろう。いったい何人のホステスが男に振られ、ママの懐を借りて涙を流しただろうか・・・・・。


・・・・ちょっと妄想しすぎか?(笑)
でもこの種の古い建物を楽しむ際に、想像力は絶対に必要だ。


細部も確認しようと建物に近づき画像に残す。まずは中央の太いブルーラインが引かれた一番大きなドアからだ。



建物中央のドア部分



まるで修悦体のようなフォントを目にしてニヤリ。

修悦体を思わせる描き文字

※修悦体(しゅうえつたい)とはフォントの名称の事。このフォントの形状やその成り立ちにほれ込むファンが多い事でも有名です。詳しく知りたい方はリンクをどうぞ。

■Wikipedia 佐藤修悦の解説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E4%BF%AE%E6%82%A6

■トリオフォー 修悦体に関するページ
http://trio4.at.infoseek.co.jp/life/index.html
ウィキよりこっちのほうがぱっと見て修悦体がどんなデザインなのかが分かります。



東京で電話番号が10桁化されたのは1996年のことなので、この看板はそれ以降にペイントし直されたものだということは分かる。仮に1996年作成とすれば14年前に書かれたもの。ちょっと時代が早すぎたようだ(笑)



そんな部分も楽しみ、ニヤニヤしながら、パシャリとシャッターを切った瞬間、血の気が引いた。

ドア右寄りに張り紙が・・・・

なんだこれは!



ついにこれが貼られていた



流れ落ちる汗もそのままに、呆然と立ち尽くして『解体工事のお知らせ』を読む。



解体寸前



解体開始は2010年7月19日(月)。
2日後じゃないか。なんてこった。

完全に解体されて更地になってしまう前のタイミングでこの建物を目にできたことを幸運と思うべきか?
多分これが俺とこの建物の最後の対面だ。



解体2日前の建物



またひとつ、記憶に刻まれた風景が無くなってしまう。

茫然自失しながらも、ならばもっとデータに残しておかなければと気持ちを切り替え、更にその姿を撮ってゆく。



住宅として利用もされていた



つい最近まで住居として使われている部屋もあった。住人はどこにいったのだろうか。



実はもう一本描かれていたブルーライン


もう一方の引き戸。
かつては足元の辺りにも、もう一本ブルーのラインが入っていたようだ。

基礎が浮いているようにも見える。
地面に石(土台)を置いて、その上に建築物を乗せているだけという状態もありえるのではないかと思えてしまう。


2階の窓に目をやれば、柵にはなんともほほえましい細工。
何回転もして(時代が流れて)逆に現代的に見える。



何回転もして現代的に見える飾り



建物北側(赤羽駅から遠いサイド)方向からこの建物を見るとまた違った印象を受ける。
こちら側には居酒屋とスナックがある。



逆方向からの眺め



屋根の頂点にあたるちょこんと突き出した△部分にもトタンが張ってある。もともとここは『面』として使われていたような気がする。トタンが張られる前は看板スペースだったのかもしれない。



建物北側の2階部分



その雰囲気から少し映画館のような印象も受ける。
戦後、赤羽には複数の映画館があったと聞いた事があるが、その位置までは分からないためここが映画館であったかどうかは不明である。



2010年7月19日、使命を終えて解体



町の人々は特にこの建物を気にする様子はない。普段と同じ時間が流れているだけである。




こうして何枚かの画像をカメラに収めると、最後に肉眼にしっかりこの建物の姿を焼きつけてまた目的地に向かって歩き出した。


赤羽駅から5分程度の場所のオハナシ。


使命を終える2日前の姿だった。




おつかれさま。





にほんブログ村 写真ブログ 建物・街写真へ
にほんブログ村




  
コメント
コメントする









       
トラックバック
トラックバックURL
→http://3pomaniax.blog116.fc2.com/tb.php/65-10c7f0b9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


     
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。