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消えゆくもの【03】北区滝野川6丁目、旧中仙道沿いの古民家



先日自宅に帰る折、JR板橋駅から旧中仙道を巣鴨方向に歩いていた。慣れた通りをいつものように歩いていたところ、その衝撃は突然やってきた。


以前のエントリー『東京湯族(Tokyo 湯 tribe) 【4】北区滝野川・稲荷湯』の中でも取り上げた、とても気に入っている古民家があるのだが・・・・


以前にも紹介した滝野川の古民家


これが消滅していた。


この日もいつものようにその建物の「わびっぷり」を楽しもうと目を向けたところそこに既に建物は無く、空き地が広がっている様が飛び込んできた。俺は何故このような風景がここにあるのかしばらく理解できなかった。


なんと建物が消滅していた


『東京湯族(Tokyo 湯 tribe) 【4】北区滝野川・稲荷湯』のエントリー後半でも少し触れているのだが、北区滝野川6丁目は現在大きく開発されている地域でありそれまでにもいくつかの古い建造物が解体されていたのだが、6丁目でも5指に入るような見事なこの建物が解体されるなど微塵も思っていなかった。



「無くなってしまった!」と理解し、5分ほどその場に立ちつくした。



この建物の前を通るたびに「ああ、ここは街道筋だったのだな」という想像を掻き立てて楽しんでいた。この建物がここに存在している事で昭和以前の通りの様子をなんとなく想像できる、とても大切なポイントであったのだがついに2010年11月に消滅してしまった。


この建物の在りし日の姿が何枚かハードディスクに残っている。また建物だけでなく、柱に取り付けられた年代もののプレートなども撮り残してある。それらの画像を以下にアップしてデータに残しておこうと思う。プレートなどはこの地域の歴史資料としても有用であるかと思う。


※以下に並べる画像以外にもこの建物を画像に残しているのですが全てをすぐに発見できませんでした。今後この建物の画像が見つかった際にはその都度このエントリーに足していきます。



まずは建物の外観から。


在りし日の滝野川6丁目古民家


在りし日の滝野川6丁目古民家


在りし日の滝野川6丁目古民家


滝野川6丁目古民家


在りし日の滝野川6丁目古民家


そしてこの建物で見どころになっていたのがライフラインのプレート群だった。


滝野川古民家プレート  滝野川6丁目古民家プレート


1軒の建物にこれだけ多くの種類が残ることは稀である。ここはレアなプレートがたくさん残っているスポットでもあったのだ。例えば・・・・


滝野川古民家プレート


『関配』と書かれているのは「関東配電」の略。この北区滝野川地域には昭和26年まで関東配電が電気を供給していた。番号が非常に若い事からこのお宅は周辺地域でも優先して電気を引く事のできる財力を持っていたのだと推測される。


滝野川古民家プレート

東京ガスの古いプレート。このプレートがいつ頃まで一般民家に付けられていたのかは不明だが、この赤い星マークにGのデザインは1985年に現在の東京ガスロゴマークに変更されている。

滝野川古民家プレート


これは何を表しているプレートなのか不明。錆び方を見るとそれなりに古いもののようだ。


滝野川古民家プレート


コチラの住所プレートもかなり古い。北区の「區」の文字が旧字体である事を考えると戦後の区画統制があり、東京都が23区制になった昭和22年頃のものかもしれない。


滝野川6丁目古民家プレート


散歩をしながら古民家を良く眺める俺だが上のタイプのプレートはこの民家でしか見たことが無いものだった。多分これは東京が35区制でこの辺りが「滝野川区」であった時代のものではないかと思われる。滝野川区ができたのは昭和7年のこと。もしこの想像が正しければ戦前からこの建物は滝野川にあったものと言う事になる。

※2011年5月8日追記
後日調べたところ、この建物は大正初期の建築で瀬戸物を扱う商店だったそうだ。この建物の建築年が大正元年(1912年)だとすればほぼ100年間この場所にあり続けた存在だったわけだ。



滝野川6丁目民家の軒


このようにメッセージがたっぷりつまっていたこの古民家がこの世から姿を消してしまったのだ。


無くなってしまった6丁目の古民家


無くなってしまった6丁目の古民家


解体工事を進めるその脇には人が住んでいた形跡も見られた。


無くなってしまった6丁目の古民家


忘れられたようにポツンと祠(ほこら)が残されていた。解体を待つだけとなった祠を画像に収めてその場を後にした。


無くなってしまった6丁目の古民家  無くなってしまった6丁目の古民家


不自然にできた空き地は想像以上に広く見えた。やはりここにもマンションが建つのだろうか。


無くなってしまった6丁目の古民家


敷地内にあったこの柿の木もすでに無くなっていることだろう。


滝野川6丁目の景観は目まぐるしく変化している。そしてその変化のピークはまだこれからである。




※この滝野川6丁目地域の地域色を知りたい方は以前のエントリー『東京湯族(Tokyo 湯 tribe) 【4】北区滝野川・稲荷湯』が参考になるかと思います。




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消えゆくもの【02】 北区赤羽の木造2階建物件



2010年7月17日(土)。

消えゆくもの【01】 板橋区稲荷台の家屋』のエントリーでも書いたが、この日は気温が30度を余裕でオーバーする夏真っ盛りな陽気。関東の梅雨明け宣言もこの日、7月17日に出されたという暑い1日だった。

そんな天気に3po魂を刺激されまくっていた俺はこの日、日の出から日没まで一日中北区内を歩き回っていた。



そんな折・・・・・JR赤羽駅の近くでのこと。



JR赤羽駅から400メートルほどの地点に独特のオーラを発する魅力あふれる物件があるのだが、今回もそのイカした風貌を拝んでから赤羽駅から離れた方向に足を向けようとしていた。

その建物は終戦後に建造されたと思しき木造2階建て物件で、重ねられた年月によって人為的に作り出そうとしても絶対に出せない雰囲気を持っている建物だ。

新幹線の高架を左手に見ながら北方向へ道沿いに進んでいくと、マンションに囲まれた中に強烈な存在感を発しているその物件が見えてきた。(下画像中央やや右手にあるのが該当物件)



赤羽駅から北に進む



建物の前まで来て足を止め、カバンからペットボトルを取り出しゴクゴクと飲み物を飲み干して、落ち着いたところで改めて建物に目をやった。



これがその建物。圧倒的な存在感。



どうだこのツラ構え。やはりとても惹かれる!



2階上部と1階のドア部分に入るブルーのラインが青空と作り出すコントラスト。
いくつものストーリーが自然に妄想できてしまうその壁の経年劣化。
そこにはつらい事も悲しい事も、うれしい事もたのしい事も全てを内包したうえで許容してくれそうな深さがある。
商店の中にはスナックや居酒屋もあるのだが、これまでに何万人がここでくだを巻きへべれけになったのだろう。いったい何人のホステスが男に振られ、ママの懐を借りて涙を流しただろうか・・・・・。


・・・・ちょっと妄想しすぎか?(笑)
でもこの種の古い建物を楽しむ際に、想像力は絶対に必要だ。


細部も確認しようと建物に近づき画像に残す。まずは中央の太いブルーラインが引かれた一番大きなドアからだ。



建物中央のドア部分



まるで修悦体のようなフォントを目にしてニヤリ。

修悦体を思わせる描き文字

※修悦体(しゅうえつたい)とはフォントの名称の事。このフォントの形状やその成り立ちにほれ込むファンが多い事でも有名です。詳しく知りたい方はリンクをどうぞ。

■Wikipedia 佐藤修悦の解説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E4%BF%AE%E6%82%A6

■トリオフォー 修悦体に関するページ
http://trio4.at.infoseek.co.jp/life/index.html
ウィキよりこっちのほうがぱっと見て修悦体がどんなデザインなのかが分かります。



東京で電話番号が10桁化されたのは1996年のことなので、この看板はそれ以降にペイントし直されたものだということは分かる。仮に1996年作成とすれば14年前に書かれたもの。ちょっと時代が早すぎたようだ(笑)



そんな部分も楽しみ、ニヤニヤしながら、パシャリとシャッターを切った瞬間、血の気が引いた。

ドア右寄りに張り紙が・・・・

なんだこれは!



ついにこれが貼られていた



流れ落ちる汗もそのままに、呆然と立ち尽くして『解体工事のお知らせ』を読む。



解体寸前



解体開始は2010年7月19日(月)。
2日後じゃないか。なんてこった。

完全に解体されて更地になってしまう前のタイミングでこの建物を目にできたことを幸運と思うべきか?
多分これが俺とこの建物の最後の対面だ。



解体2日前の建物



またひとつ、記憶に刻まれた風景が無くなってしまう。

茫然自失しながらも、ならばもっとデータに残しておかなければと気持ちを切り替え、更にその姿を撮ってゆく。



住宅として利用もされていた



つい最近まで住居として使われている部屋もあった。住人はどこにいったのだろうか。



実はもう一本描かれていたブルーライン


もう一方の引き戸。
かつては足元の辺りにも、もう一本ブルーのラインが入っていたようだ。

基礎が浮いているようにも見える。
地面に石(土台)を置いて、その上に建築物を乗せているだけという状態もありえるのではないかと思えてしまう。


2階の窓に目をやれば、柵にはなんともほほえましい細工。
何回転もして(時代が流れて)逆に現代的に見える。



何回転もして現代的に見える飾り



建物北側(赤羽駅から遠いサイド)方向からこの建物を見るとまた違った印象を受ける。
こちら側には居酒屋とスナックがある。



逆方向からの眺め



屋根の頂点にあたるちょこんと突き出した△部分にもトタンが張ってある。もともとここは『面』として使われていたような気がする。トタンが張られる前は看板スペースだったのかもしれない。



建物北側の2階部分



その雰囲気から少し映画館のような印象も受ける。
戦後、赤羽には複数の映画館があったと聞いた事があるが、その位置までは分からないためここが映画館であったかどうかは不明である。



2010年7月19日、使命を終えて解体



町の人々は特にこの建物を気にする様子はない。普段と同じ時間が流れているだけである。




こうして何枚かの画像をカメラに収めると、最後に肉眼にしっかりこの建物の姿を焼きつけてまた目的地に向かって歩き出した。


赤羽駅から5分程度の場所のオハナシ。


使命を終える2日前の姿だった。




おつかれさま。





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消えゆくもの【01】 板橋区稲荷台の民家



2010年7月17日(土)。

クラクラするような日差しのもと、北区内を散歩しまくっていた。

1日中歩き回り、午後4時半を回った頃には板橋区稲荷台(JR埼京線十条駅のある北区十条に近いエリア)の魅力あふれる路地を攻めていた。



こんな路地を攻めていた




タオルで汗をぬぐいながら細い細い路地を歩いていると、とあるボロボロの物件の壁にこんなものが貼り付けられているのを発見する。



目に止まったのは解体工事のおしらせ




解体工事のお知らせ。




横を向いて建物を確認すると・・・・・・



なかなか年季の入った物件




なるほど。なかかなに年季が入っているようだ。



もう一度解体のお知らせに目をやって、ちょっとどきっとした。



なんとこの世から消滅する3日前




工期は平成22年7月20日から平成22年7月27日までとある。



このあたりは戦時中の空襲に遭っている地域だ。

戦後すぐに建てられた家屋と仮定すれば65年ものの物件だ。

そんな建物がこの世から消滅する3日前に俺は偶然にこの建物を初めて目にした。
この建物と俺はそういう縁だったのだ。



最期を看取るじゃないけれど、なんだかこの建物を記録に残してあげようという気持ちが湧いた。



まずエントランスのアプローチ。



アプローチはこんな感じ



どうしてこんな形状なんだろう。設計の意図が分からない。



視線を上げ建物の方を見ると何度も増改築が繰り返されているのが分かる。
もはやどこまでがオリジナルだったのか判別が難しい。



かなり何度も手を入れている



エントランス左手の建物。



なるほど。オーナーは何度くらい変わったのだろうか。



エントランス左手家屋_01



オリジナルの土塀にはかなりダメージがある。確かに危ないように見える。



エントランス左手家屋_02



少し視線をおろすと・・・・。


エントランス左手家屋_03



増築部分にはドアが付けられている。利便性を上げた結果か。



一方、振り向いてエントランス右手を見れば手作りの物干し台。なかなかに器用だ。



エントランス右手は物干し場



こちらは 母屋。



もう一棟の母屋_01



もう一棟の母屋_02



もう一棟の母屋_03



路地を5メートルほど進み、別の角度から撮ったエントランス左手の建物。

左手の建物のここにも玄関がある。



左手の建物を別の角度から



これは裏口ではなく母屋とこの建物に後年別の人間が住んでいたということだろう。








その他、ディテールはこんな感じ。




母屋の玄関上



水道管のバルブだけが新しい



さようなら



十条駅から7~8分の場所のオハナシ。

あさって崩されます。



さようなら。




※俺の散歩画像ハードディスクの中にはデータ化の機会を待っているこのような画像がたくさんあります。
少しずつでもまとめていきたいと考え、新たに『消えゆくもの』としてシリーズにしてみようと思います。





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